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“「〜させて頂きます」つけときゃ良いでしょ”症候群

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突然ですがみなさん、今日は何の日かご存知ですか? (5月18日)

 

今日5月18日は「言葉の日」だそうです。

諸説あるようですが「5(こ)」「10(と)」「8(ば)」という、よくある言葉遊びが出所という説が有力。

そこで今回は私が常々違和感を感じている「ある言葉」についての所感を書いてみようかと思います。

 

そもそも言葉とは移ろいゆくもの

そもそも言葉というのは「言の葉(ことのは)」と書くように、時代に流れに移ろいやすいものであるので、年長者たちが「今の若者の言葉遣いは〜」とこぼすのは世の常です。

※それこそ古代エジプトの石碑にも「今の若いものは言葉遣いがなっとらん」というオヤジ世代の嘆きが書かれてあったりしたそうです(笑)。

 

ですので、いわゆる“若者言葉”の流行り廃りのことでとやかく言うのもどうかとは思います。「マジ卍〜」とかね(笑)。

 

ただ、若者言葉であればまだしも、メディアに出るようないい大人が、しかもテレビのアナウンサーレベルでも使う言葉で、私がかなり前から気になっている言葉遣いがあります。それは

 

「〜させて頂きます」

 

です。

 

これ、ここ数年よく聞きますよね。何なんですかね(笑)。

 

私はこの言葉そのものが悪いと言いたいのではありません。

そうではなく「とにかく“〜させて頂きます”って付けておけば敬語になる」という発想の貧困さが嘆かわしいと思っているのです。

 

言葉の軽視は野蛮化につながる

本来敬語というのは、相手と自分の距離感や立ち位置を推し量った上で、その場に応じた適切な言葉を用いることで相手とのコミュニケーションを円滑にする社会の潤滑油の一つです。

そして、どのような言葉遣いが潤滑油となるかは、その社会の基盤となる規範によって規定されます。仁義礼智とかもその一つです。

 

20世紀の哲学者オルテガ・イ・ガセットも言っていますが、そのような社会の基盤となる規範が多く積み重ねられていることが、その社会の文明の高度さを示す証左でもあります。そして、そういった規範に基いて、状況に応じた適切な立ち振舞ができることが、その人の教養の高さをも示すわけです。

 

したがって、誰が相手であっても、何でもかんでも「させて頂きます」という言葉を付けることで敬語を使っているつもりになっているのは、その社会の規範や人との適切な関わり方を理解していないということになります。

 

もっとくだけた言い方をすれば「相手がどんな人かなんてどうでも良い。伝わりさえすれば何でも良いでしょ。」と言っているのと同じだということ。さらに言えば、言葉というのは伝え方次第で全く違う受け取られ方をしますので、「伝われば良い」というのは、「自分が言いたいことが“情報として”相手に伝われば何でも良い。相手がどう受け止めようが知ったこっちゃない。」と考えているのと同じことなのです。

 

言葉というのは長い歴史の中で積み重ねられてきた社会の規範と密接に関係して育ってきたものであり、その社会で生きていくためにはそれを身に着け使いこなす教養を備えておくべきです。

「させて頂きます、とつけときゃ良いでしょ」というのは、そういった社会の基礎となる文明や規範を軽視し、それを良しとする風潮の表れのように思います。

 

自分が暮らす社会の文明や規範を軽視し、自分が思うままの行動をとろうとする・・・それは正にオルテガ・イ・ガセットが言う「野蛮化」です。

 

言葉遣いとは「自分の思いを乗せた“言葉”を、届けたい人に“遣わせる”こと」

 「言葉づかい」とは本来漢字で書くと「言葉遣い」。

文字通り「言葉を遣わせる」こと。

つまり「自分の思いを乗せた“言葉”を、届けたい人に“遣わせる”こと」です。

 

だとすれば、ただ自分が言いたいことだけを言うのではなく、言葉に込める思いがどのようなもので、それを相手に伝えるにはどのような言葉を遣わせるべきか、それを考えた上で言葉を発するのが教養のある大人の振る舞いではないでしょうか。

  

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m