Dive Into The World

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TPP、EPA、そして一帯一路。すべては”現代版帝国主義”である。

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さて、今日のお題は皆さんご存知(?)中国が推し進める「一帯一路構想」についてです。

 

以前、TPP交渉がアメリカの離脱により難航していた時期、特に企業団体では前のめりに「日本も参加すべきだ! バスに乗り遅れるな!」と一帯一路構想への参加を促す声が強かったと思います。

 

ところが最近TPPが曲がりなりにも締結されたせいか、あるいは「アメリカが中国と貿易戦争に発展しかねないから」なのか分かりませんが、最近では「一帯一路構想は失敗する!」というこの構想を問題視する意見の方が強くなっているように感じます。

 

その理由になっているのは、例えば去年末に報道された下記の出来事。

 

欧州連合(EU)がジュネーブで開かれた国連人権理事会で、中国の人権状況を批判する声明のとりまとめを目指したにもかかわらず、加盟国のギリシャの反対で断念したそうです。

 

これは、中国が主要港への開発投資などを通じてギリシャとの経済関係を強化することで、EUという枠組みによって経済的に追い込まれたギリシャ”が、経済的援助をしてくれる中国の意向を汲み取った結果、このように中国の不利になるような声明に反対したのです。

 

ギリシャと言えば、ソクラテスプラトンアリストテレスなど様々な哲学者、政治学者を生み出した「哲学国家」ですが、彼らの哲学は「お金」の前に膝を屈してしまったようです。

 

ちなみに、ロイターによると、声明にはEU全28加盟国の賛成が必要で、EUが人権理事会で対中批判の声明のとりまとめに失敗したのは初めて。ギリシャ外務省は「特定の国に対する非建設的、ときに恣意(しい)的な批判は人権状況の改善を促すことにならない」と説明。

EUではギリシャのほか、同様に中国との関係強化を進める東欧の一部の国をテコに、中国がEUの外交政策に影響を与えることに懸念を表明しています。

 

 

もちろん、この一件だけではありません。

スリランカでは、対中債務の返済が不可能になった結果として、戦略的に重要な位置にある港湾を中国に99年間貸与することになりました。

 

一帯一路構想に距離を置くべきだという論説は、文字通り“中国のあくどいやり方”に対する批判なのでしょう。

 

私は別に中国のことが好きでも何でもありません。

仕事柄中国人にも知り合いがおり良い人が大勢いることも知っていますが、中国という国家に対しては正直ネガティブな印象を持っています。

 

ですので、一帯一路構想に距離を置こう、むしろ参加などするべきではないという意見が強くなるのは、むしろ良いことだと思っています。

 

・・・・が、気になることが一つ。

 

私はそもそもこの一帯一路構想とは「中国版帝国主義」であり、実はその本質においてアメリカやEU(特にドイツ)が21世紀に入ってから推し進めて来た、「自由貿易という名の帝国主義」(俗に言うグローバリズム)と変わらないと考えています。

(21世紀から進められたのかどうかは議論の余地があると思いますが、大体その辺りからということで)

 

確かにグローバリズムとは「自由貿易」という美辞麗句をお題目に掲げていますので、それを「帝国主義」と呼ぶことには違和感を感じる人もいるかもしれません。

 

しかし、帝国主義の本質とは、自国の圧倒的なストロング・ポイントを背景に、自国に有利な条件を他国と締結し、相手の国内市場を総取りし駆逐することです。

そのストロング・ポイントが時には経済力であり、時には軍事力であるというだけの話であり、それが経済による支配であれば平和的であり、軍事力であれば非平和的であるとかいう話ではありません。

 

実際、17〜18世紀にイギリスがインドに対し綿製品の貿易において、自国に圧倒的有利な条約を結ばせ、インド国内市場を駆逐したことでインドは膨大な数の犠牲者を出し、国土も疲弊しました。

 

経済による支配だろうが、軍事による支配だろうが、自国に有利な条件を他国と締結し、相手の国内市場を総取りし駆逐するという本質は何も変わらないのです。

 

確かに中国の場合、経済的にも軍事的にも周辺国との摩擦を招いているという点でより悪質かもしれません。

それは責められてしかるべきだと思います。

 

しかし、それだけであれば「中国はやり方がマズイ」という批判でしかありません。

そうなると、次は「もっとマイルドな、巧妙なやり方であれば他国市場を荒廃させてもOK!」ということになりかねません。

 

今回の中国のような手法であろうが、欧米の「自由貿易」という手法であろうが、物事の表層の部分にだけ着目し、「自国利益のために他国を駆逐する」ということは許容してしまうような国際社会のあり方。

そして、それを「自由競争」「自己責任」などという言葉で追認しようとする考え方自体を今一度考え直さなければならないのではないでしょうか。

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆