世界を救う読書

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世界は再び全体主義の時代へ進む? 吉成真由美「嘘と孤独とテクノロジー」

グローバリズムによってもたらされた社会の格差拡大によって、世界各地で社会の分断が激しくなっている。上級国民・下級国民という言葉が世間でも聞かれるようになった日本も他人事ではない。

そんな社会の分断に侵食してくるのが全体主義ファシズムだ。全体主義の代表格とも言えるナチスドイツが生まれたのも、第一次世界大戦前後の社会格差が拡大した時代。当時も悪しきポピュリズムナショナリズムが世界中で台頭していた。

実際、その当時の社会情勢と現代の類似性を指摘する声は最近多く聞こえるようになっている。果たして世界はまた全体主義の闇に覆われる時代になるのだろうか。

 

今回ご紹介する本の著者である、吉成真由美氏もそのような不安を抱えている人物の一人です。

吉成真由美 著「嘘と孤独とテクノロジー -知の巨人に聞く-」

吉成氏はマサチューセッツ工科大を卒業したサイエンスライター。今までも「知の逆転」「知の英断」などの著作で、サイエンスと哲学両方の視点から現代社会が抱える問題を取り上げてきた。今回もまたティモシー・スナイダー、スティーブン・ピンカーノーム・チョムスキーといった世界を代表する“知の巨人”との対話の中で、世界は再び全体主義へと染まっていくのか。それを回避する方法があるとすればどうしたら良いのかを考えていく。そのキーワードとなるのが、この本のタイトルでもある

「嘘」

「孤独」

そして「テクノロジー」。

 

民主主義 × テクノロジー

私たちは理性的な判断を下せる個人が集まれば、より正しい解決策を見出だせると思いがちです。だからこそ民主主義が一番良い政治制度だと素朴に考えています。

しかし、歴史的に見るとそうとも言えません。たとえば独裁政権として有名なナチスドイツ。ナチスもあくまで民主的な選挙に政権を獲得したものでした。軍事クーデターによる革命を起こしたわけではなく、民主主義によって国民自身が独裁国家を選んだのです。

そして、そのナチスドイツが政権を取り、独裁体制を強めていく中で最大限に活用したのが「テクノロジー」の力でした。当時の最先端テクノロジーはラジオと映画。それらの「宣伝力」を最大限に活用して、ナチスはその考えをドイツ社会に浸透させて行ったのでした。

私たちはテクノロジーとは人類に反映をもたらしてくれる素晴らしいものだと素朴に信じています。しかし、どれほど進んだテクノロジーであっても、結局は使う人間次第でテクノロジーは「大いなる幸せ」も「大いなる厄災」も、どちらももたらすことになるのです。

POINT

●個人より集団の方が正しい判断を下せるとは限らない

ナチスドイツは民主的選挙から生まれた

 

テクノロジー × 嘘

「真実がまだパンツを履こうとしているころ、嘘の方はすでに世界を一周している」。

これはあくまで冗談ですが、それほど嘘は真実よりも圧倒的に早く世界を駆け巡ります。フェイクニュースやデマが瞬時に拡散され、実際に人々がそれに扇動されるのを目にすることが多いのは皆さんもご存知でしょう。

この本で紹介されているのですが、MITことマサチューセッツ工科大の最新の研究によると、

  • 嘘は真実よりもリツイートされる可能性が70%高い
  • インターネットを通じて、嘘は6倍も速く、広く、深く伝わる

ということが分かっているそうです。なぜでしょうか?

その理由は“嘘の方が真実よりもカラフルでインパクトがあって驚きの度合いが高いから” (本書P297)。往々にして真実というのはつまらないものです。分かってみれば当たり前のことばかりで、誰かに話したくなるような面白みは特にありません。

しかし、嘘の方は違います。

嘘の方はみんなが飛びつきそうな面白さやセンセーショナルな躍動感がある。そしてその場合の嘘は誰にでも分かる100%の嘘ではなく、少しリアリティのある“ありそうで、なさそうな嘘”である必要があります。

 

例えば新型コロナウィルスが流行りだした頃、「マスク生産に紙が使用されるから、トイレットペーパーが無くなるぞ」というデマが日本を駆け巡りました。冷静に考えればそんなことはあり得ません。しかし、昔のガーゼマスクと違い、不織布のマスクが増えたことで「マスクの生産に紙が使われていると言われれば、確かにそんな気も・・・」というほんの少しのリアリティがあったため、多くの人が“我先に”とトイレットペーパーの購入に走ったのです。

 

我々はテクノロジーと言えば、素朴に何か良さそうなものだと信じています。しかし、どのようなテクノロジーも使う人次第。使い方によっては嘘を拡散するツールともなり得ることを改めて認識する必要があります。 

POINT

●ネット上では真実より嘘の方が6倍も速く広く伝わる

●テクノロジーは使い方を誤ると社会を混乱させる

嘘 × 孤独

さらにテクノロジーによって拡散される嘘の本当に恐いところは、社会を分断し人々を孤立させることです。

 

社会に嘘が蔓延すると、嘘と真実がすさまじいスピードで交錯し、人々は何が本当で、何が嘘なのかがわからなくなります。そうすると人々は真実を探ろうとする意欲が削がれ、自分の内に引きこもってしまう。自分の内部にこもり現実への関心をなくした人々は、容易に孤立します。自分と社会をつなぎとめる物がないからです。全体主義はその孤立した人々の隙間に侵食し、人間の心を支配します。

「一人一人が自分の携帯電話を見つめていて、お互いに話しをしない状態が、社会を支配するには最も都合がいいわけです」 (本書P291。言語学者ノーム・チョムスキー)

テクノロジーによってもたらされた嘘の蔓延が孤独を招く。そして人も社会も脆い個人になる。そこに強固なリーダーシップを発揮する存在が現れた時、人々はその強さを盲信し、社会が全体主義化する。実際に、第二次世界大戦前に台頭したファシズムはそのようにして各地で独裁化を進めた。そして恐ろしいことに、多くの国民はその「強いリーダーによる独裁」を心から歓迎したのです。

POINT

●テクノロジーによる嘘の拡散は社会を分断する

●人々が分断された隙間に全体主義は浸透する

全体主義を避けるにはどうすれば良いか?

「嘘 × 孤独 × テクノロジー」で満たされた社会は、容易に全体主義ファシズムに変容しやすい。では、それらの到来を避けるにはどうすれば良いのか?

 

そもそも全体主義が社会に侵食するのは、社会に一人のちからではどうしようもない不安や不満、そして怨嗟が満ちている時です。たとえば日本のバブル期のように、人々が“イケイケドンドン”の時に全体主義に傾くことなどあり得ません。経済の停滞や所得の減少、将来への不安、社会の分断などが起こっている時こそ全体主義が登場します。

つまり全体主義は“人々の悩みや苦しみを解決するために”登場するわけです。実際、第二次世界大戦前のファシズムも「富の再配分」「社会格差の是正」を理念に社会に浸透していきました。

そして、その“格差や富の集中で不正に得をしているやつら”を敵として作り出します。そして「やつらを排除すれば、我々の生活は改善するのだ」という“物語”を提供するのです。その物語を信じた人々が「不遇な我々 VS 不正なやつら」という対立構造を一気に解消するために、(異論を排除して全体が一つになることを強要する)全体主義が権力を握るのです。

 

この本で示される全体主義を回避するのに有効な方法は、一人ひとりが孤独にならず社会とのつながりを持ち続けること。すなわち、そのために人と人がちゃんと向き合って対話することです。

自分以外の誰かを抽象的な存在として考えてしまうことは、容易に「我々と誰か」という対立構造を生み出します。しかし、他者をちゃんと自分との関わりで認識できれば、簡単に対立構造には結びつきません。

 

私たち一人ひとりが社会と真剣に向き合うこと。それを心がけていれば全体主義が入り込む「単純な対立構造」を生むこともなくなります。また、一人ひとりがちゃんと社会と繋がり、社会の複雑さを理解していれば、「不正に利益を得ているやつらを排除すれば解決する」などといった一発逆転シナリオに騙されることもなくなるのです。

POINT

全体主義の支配を回避するには人々が社会とのつながりを持つことが大事

●「自分達VS誰か」という敵対構造が全体主義による支配をもたらす

まとめ

この本は5人と巨大な知識人へのインタビューという形式で構成されています。それぞれのテーマが人類全体に関わるほど大きく、深い。したがって、5人へのインタビュー記事がまとめられた本として読んでも楽しめます。しかし、それだけではもったいないと思います。

ここまで見てきたように、著者はもちろんインタビューを受ける5人の考えの底には、全体主義への危機感が音楽のベース音のようにずっしりと横たわっています。その危機感を持った5人の巨人にインタビューすることで、世界がどうあるべきかを模索している。まるで修行僧が住職に世を救うための方法を問うているかのようなイメージです。

話題はこれからの社会を考える上で非常に重要で深いものですが、それを「知識人が教える」のではなく、“世界のあるべき道を一緒に考えていく”対話の席に同席しているような非常に貴重な体験を提供してくれる本だと思います。

オススメです!

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