アニメキャラにのめり込む人間と金融投資家は、その根幹において同じである。
突然ですが、皆さん
という人たち(?)のことをご存知でしょうか?
Youtuber (ユーチューバー)に似ている名前から想像できるかもしれませんが、
バーチャル・ユーチューバーの略です。
「バーチャル」というだけあって、架空のキャラクターを作って、そのキャラクターにYoutubeなどの動画配信サービスの中でYoutuber的な活動を行わせることです。
まぁ、オリジナルのアニメキャラ、ゲームキャラクターを使ってYoutube配信する、というところでしょうか。
ここまで来ると大体察しがつくかと思いますが、下記のリンクの小窓に出ているようないわゆる「美少女系」のキャラクターが主なVTuberの方のようです。
最近こういうものが流行りのようで、グリーという会社がこのVTuberのキャラクターにプレゼントをあげたり(もちろんバーチャルなキャラなのでアプリ上でプレゼントするということです)、そのVTuberのファン同士がコメントを寄せて交流ができるようなアプリを開発したとのことです。
その名も「REALITY (リアリティ)」!!
バーチャル・ユーチューバーのアプリが「REALITY = 現実性」とはこれいかに??
ま、それは置いておいて。
どうですか、みなさん?
凄い! 格好良い! 自分もVTuberと交流したい!!と思いますか?
・・・そういう方もいらっしゃるでしょうし、それは個人の好みですが(笑)、世間的にはちょっと敬遠される方が多いのではないでしょうか?
でも、ちょっと待ってください。
実は、私はこのようなVTuberのようないわゆる“二次元キャラ”に没頭する人たちって、世間的には高く評価されている“ある人達”とほとんど変わらないのではないかと思っています。
それは金融投資家とそれの理論的背景となっている経済学者たちです。
という訳で、今回は
「アニメやゲームのキャラにのめり込む人間と金融投資家は"同じ穴のムジナ"」論
について書いてみたいと思います。
・・・前置き長っっ!! (笑)
まず、アニメやゲームのキャラクター・・・いわゆる“二次元の女性”になぜ没頭する男性がいるのか?
※逆パターンの“二次元の男性”に没頭する女性もいますので、そちらも含みます。
そもそも現実の女性と仲良くなるためには、余程運命的な恋の落ち方をしない限り、基本的にはデートしたりプレゼントしたり、ファッションにお金を費やすことが必要になってきます。
ですが、それが必ずしも実を結ぶとは限りません。
男女の仲は何が起こるか分からないのが世の常です。
結婚詐欺とか極端な例は別にしても、どちらが悪い訳でもないのにうまくいかないとケースはいくらでもあります。
つまり、そこには将来を見通すことができないという「不確実性」が存在するのです。
この不確実性を楽しめない、あるいはその不確実性によって傷付くのを恐れると、異性との恋愛を楽しむことはできません。
しかし、この不確実性に対して、アニメやゲームのキャラクターとの間には不確実性がほとんど存在しません。
自分がお金を投資した分のリターンが計算可能であり、しかもその計算結果が裏切られることはありません。
「自分が支払った額と時間」と「それによって得られる結果 (キャラが喜んでくれるとか)」が正比例の関係にあるのです。
それはつまりリアルの異性関係と違って、基本的にはそのバーチャルな存在に裏切られることはなく、傷付くこともあり得ないということを意味します。
その安心感こそがバーチャルなキャラクターがこのような支持を受ける理由なのでしょう。
これが良いことなのかどうかは、ここでは特に問題ではありません。
個人の価値観の問題、ということでしょう。
ここで重要なのは、この「自分が期待した結果が、自分の投資によって得られる。」ということ、すなわち「現実の異性関係につきもののリスクを限りなく低くすることができる」ということは、彼らにとっては非常に合理的な判断である、ということです。
「リスクは低く。リターンは確実に。」という事です。
ところで、このような
「不確実性によるリスクを避け、より確実なリターンを求めようとする心性」
は必ずしもこのような人達だけに見られるものではありません。
実はこれは経済学者や金融投資家も同じなのです。
例えば投資家が金融商品に投資を行う際に関心を持つのは、その投資から得られる収益とリスクのバランスです。
一般的には収益率の高い商品はリスクも高いので、リスクを減らして収益率を維持するのが理想となります。
それが合理的だからです。
例のリーマン・ショックのきっかけとなったサブプライムローンも、その考え方から出てきたものです。
サブプライムローンも低所得者向けというリスクの高いローンが元でした。
ですが、そんなものを単体で証券化して売り出しても、多大なリスクを持った単なる劣悪な商品しかなりません。
しかし、それを細切れに分散し、他の安全な金融商品と結合させることで低リスクの新しい商品として生み出されます。
つまりリスクを薄く、広く分散させることで、パッと見では安全そうな商品にして世界にばらまいたのです。
「大手証券会社がじゃんじゃんそのような商品を販売する」
「保険会社がその金融商品の安全性を保証し、投資家の購入を促す」
「投資先を探している投資家がそれらを買いまくった」
それぞれがリスクを低減化させて利益を得るという合理性に基づいて行動した結果です。
この構造はVtuberのような二次元キャラ商売形態、すなわち
「リアルに伴うリスクを低減する二次元キャラを開発する」
「そのキャラを使った周辺商品を開発し、そのキャラの価値をプロモート。二次元好き人間に購入を促す」
「情熱を注ぐ対象を探している消費者がそれらを買いまくった」
という構造と同じなのです。
いかがだったでしょうか?
私の「アニメやゲームのキャラにのめり込む人間と金融投資家は"同じ穴のムジナ"」論 (笑)。
ただ、私はだからと言ってそれらを頭から否定しようというつもりはありません。
私が心配しているのは、このような「不確実性に対する忌避感」が世の中に蔓延し過ぎではないか? ということです。
確かに「ローリスクでハイリターン。少なくとも損はしない。」というのは合理的だとは思います。
ですが、一つにはそのような「将来が既定路線に沿って進行してしまう」ような考え方・・・人生と言って良いかもしれませんが、果たしてそれが楽しいのだろうか? ということ。
もう一つは、リスクをどれだけ低減させたところで、結局将来の不確実性を完全にゼロにすることができない以上、どこかで必ずそのツケは回ってくるということです。
それが個人のVTuberへの過剰な投資程度の話であれば、最悪その個人が借金漬けになるくらいで済むかもしれません。
しかし、それが全体に行き渡ると人口減少に拍車をかけることになりかねません。
また、それが金融市場におけるツケの場合は、どうなるでしょうか?
2008年のリーマン・ショックやギリシャの財政破綻に端を発するEUの経済危機のように、一旦そのツケが回ってくると、その影響は果てしないものであり、収束させることが非常に困難であるということを社会は身をもって経験しているところです。
近年の私達はついつい合理性を追求した「合理性至上主義」の元に様々な行動をとる傾向が非常に強くなっています。
しかし、それぞれが思う“合理性”のもとに取った行動が必ずしも社会全体の幸福に繋がるとは限らないのではないでしょうか?
世の中の全てが合理的な判断によって動かせると思ったら大間違いであること。
そして、一旦その合理的判断を裏切る不確実性という爆弾が爆発すると、そということを私達はそろそろ気付くべきではないだろうか。
そんな思いで今日はこの投稿をしてみました。
今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆