世界を救う読書

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パリ暴動の原因は「民主主義」を奪われたことへの怒りである。

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既にご存知の方も多いかと思いますが、フランスは現在「黄色いベスト運動」というデモ運動・・・というか、もはや"暴動"ですが、これによって国内がえらい騒ぎになっています。

端緒となったのは燃料税の増税ですが、フランス政府は暴動が起きている事態を鎮静化させるため、増税を延期すると発表しました。

 日本の報道ではこの暴動について

地球温暖化対策を重要課題に掲げるマクロン大統領にとって増税延期は後退を意味します

フランス全土で断続的に続く燃料税増税への抗議デモは、反マクロン政権デモの様相を呈し、デモ隊の一部が暴徒化してパリ中心部で破壊行為が相次いでいました。

という報じられ方をしていますが、やっぱりちょっとズレてるなぁ・・・という気がします。

 

まず、今回の燃料税増税を「地球温暖化対策のため」などと言っていますが、これがそもそも間違っています。間違っているというか「わざと論点をずらしてある」というか。

実は、これは日本政府が行おうとしている「社会保障費増加のために消費増税を行う」というのと全く同じ論理なのです。地球温暖化対策とか社会保障費のためとかいった「誰も逆らえない公明正大な目的」を持ち出して反論できないようにしていますが、結局は全ての国民から広く税金を徴収するための方便でしかありません。

なぜなら、その一方で法人税の減税や富裕層の資産への課税は減らしているからです。フランスも日本も。

本当に地球温暖化対策などが目的であれば、個人よりも遥かに社会から利益を得ている企業にこそその負担を求めるべきです。巨額の増税が必要とまでは言いませんが、少なくとも国民の負担を増やす一方で企業の負担を減らす理由にはなりません。

 

 

そしてもう一つ私が気になるのは

 

フランス全土で断続的に続く燃料税増税への抗議デモは、反マクロン政権デモの様相を呈し、デモ隊の一部が暴徒化してパリ中心部で破壊行為が相次いでいました。

 

という報道についてです。

そもそもこの「黄色いベスト運動」とは、右派や左派など特定の党派や集団によるものではなく、さまざまな立場の参加者が生活への不満と反マクロンで一致し、そしてSNSを通じて集まったデモ運動なのです。確かに、この前日本のハロウィーンの時に渋谷で軽トラックをひっくり返して破壊行動をした不届き者が逮捕されましたが、それと同じようにデモに乗じた破壊活動を楽しんでいる人間もいるでしょう。そういう意味で意義過ぎた暴動の面もあるかもしれませんが、少なくともこのイエローベスト運動そのものは「反マクロン政権デモの様相を呈してきた」のではなく、初めから「反マクロン運動」であり、そのマクロン大統領の政権運営方針である「グローバリズム」に対する反抗なのです。

そして、これは正にフランス人であるエマニュエル・トッドという人類学者が述べている「グローバル化疲れ」の表れなのです。

 

グローバル化疲れとそれが生み出すもの

そもそもグローバリズムというのは、人と資本の国際的な移動の自由化です。それが節度を持った形で行われる国際化という意味であればそれほど問題はないのですが、あまり行き過ぎると社会に不安定化をもたらします。

仮に地球にいる全員が全く同じ社会的、経済的、そして地理的条件で「よーい、ドン!」で競争を始めるのなら、純粋にその人の能力が事の成否を分けます。ですが、現実にはそんなことはあり得ません。

どんな人間でも生まれた瞬間から様々な条件を背負っているわけで、仮に「経済的な成功」だけを目的としたとしても、「東京に住んでいるか、地方に住んでいるか」とか「両親の経済力」などの条件によってスタートの次元が既に異なるわけです。

 

そうなるとどうしても元々お金を持っている人が有利にゲームを進められることになってしまうのです。これはもうどうしようもないのです。

そのような条件で「自由に競争しましょう!」と言ったところで、それは「平等な競争」ではなく「持つ者は勝ち続けますます持つようになり、持たない者は負け続けますます持てなくなる」ことになってしまいます。そのような「結果不平等」を税金の再分配や社会保障などによって、少しでも是正するのが政府の役割なのです。

しかし、政府がグローバリズムを支持するということは「自由競争」という美辞麗句で装いながらも、実はそのような本来の政府の役割を放棄しているに過ぎないのです。

 

エマニュエル・トッドは、前回の大統領選の時にまだトランプ氏が候補者の1人でしかなかった時期に、この大統領の誕生を早くから予測していた人物の1人です。冷戦時代の1980年代に早くもソ連の崩壊を予測するなど、「予言者」と呼ばれる世界でも名のしれた人類学者です。

彼はグローバル化についても、経済的格差の拡大、民主主義の機能不全などが生じて中間層以下の人々の生活は悪化すると早くから指摘していました。スタート地点の違いによる水準格差が「自由競争」によってますます拡大するからです。その結果、グローバル化による生活水準の低下に伴って生じる「グローバル化疲れ」が庶民の間に蔓延する、と言っています。そして、彼らの反発により、グローバル化は終焉し「国民国家への回帰」迎える・・・それが彼の予測です。

 

ポスト・グローバルの時代に私達はどうするべきか

エマニュエル・トッドの予測は正しいと思います。2016年の英国のEU離脱の決定、米国のトランプ大統領の選出、イタリアの「ポピュリズム」政党の政権奪取、そして今回のフランスの「黄色いベスト」運動の拡大。これらは今までのような「右派」「左派」というような単純な対立軸ではなく、庶民層による反グローバリズムの動きであることは明らかです。
彼の言うように、欧米諸国は徐々に「ポスト・グローバル化」の時代を迎えつつあると見て間違いありません。

 

このような世界の潮流から一周遅れで日本政府はグローバル化と自由競争を推し進めようとしています。そしてまた、日本のメディアの多くもまた、そのような「グローバル化による自由な開かれた社会こそが人類の進むべき道」という観点でしか世界のすう勢報じることができていません。

 

日本ではどうしても「国家」というものに対する忌避感が強烈に存在します。それは第二次世界大戦のこっぴどい敗北が身にしみているから、という意味合いが強いと思います。しかし、だからといって「グローバル化に反対するなら、もう一度鎖国するのかアメリカのような孤立主義を採るのか?」というような単純な対立概念で考えることは危険だと思います。

 

別に「グローバル化」の反対語=「鎖国」「孤立主義」ではありません。「グローバル化」の反対概念は「国民主権の回復」です。この点を間違ってはいけません。

グローバル化によって失われたもの、そして今回のフランスのイエローベスト運動に参加する人たちが取り戻そうとしているのは、国民が自分たちで自分たちの物事を決め、政治的行く末を自分たち自身の手で創り出していく権利です。そういう意味においての「国民国家への回帰」です。そしてこれは「民主主義」そのものです。

今フランスで起きているのは、自分たちの手から「EU」という超国家組織によって奪われた「自分たちのことを自分たちで決める権利」を取り戻そうという運動であるのです。その視点なくしてはこの問題の根幹と行く末を正しく見極めることはできないのではないでしょうか。

 

 

 

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました😆

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