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平成という時代に充満した閉塞感の原因とは何か

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平成という時代も残すところあと2ヶ月となりました。

みなさん、どうお過ごしでしょうか?

平成という時代が間もなく終わろうとすると、やはり多くの人が平成という時代を振り返ることが多くなるのではないでしょうか。特に昭和の時代を知っている人たちにとっては、余計に「昭和に比べて平成ってこうだったなぁ」と感じることも多いのでは?

 

ロスジェネ世代の私にとっては、昭和に比べて平成は「ずいぶん息苦しい時代になったな」というのが第一印象です。たとえば仕事にしても平成という時代が進むにつれ、どんどんと非生産的な事務仕事や雑務が増える一方。「コンプライアンス」や「企業ガバナンス」、「リスクヘッジ」という言葉に代表されるように、「何かがあるといけないから・・・」と言って、何でもかんでも事前申請が必要になりひとつの事に集中できなくなりました。

規制緩和が進んで、自由競争が進められたはずが、むしろ昔の方がいろいろなことが自由に出来ていたのではないかと思うくらいです。


そんな視点で平成という時代はどういう時代だったのか、私なりに振り返ってみます。 

 

平成とは構造改革絶頂の時代

まず軽く昔を振り返ってみると、平成に入った直後はまだバブルの景気良さが残っていたものの、最初の10年くらいの間に徐々に、しかし確実にバブル崩壊後の不況感が強まっていきます。そして、1997年に消費税が3%から5%に増税されて一気にデフレ不況に突入。 それまで「JAPAN AS No.1」などと言われて有頂天になっていた日本経済は一気にどん底に突き落とされます。その反動として「今までの日本のやり方はすべて古くて悪いものだった。新しいやり方に改革していかなければならない!」という風潮が非常に強くなりました。

 

だからこそバブルが崩壊した日本はこれからグローバリゼーション・・・つまり、世界の市場を一つにする開かれた自由競争時代に相応しい対応すべく、今までの古臭い習慣や規制は撤廃すべきだ! という流れに日本中が流されていったのです。

そして基本的にそれは今もなお続いています。

つまり、平成とは構造改革絶頂の時代だったのです。

 

構造改革は国民を幸せにしたのか?

では、その構造改革によって日本の国民は幸せになったのでしょうか?

はっきり言って、結果はまるで逆だったとしか言いようがありません。経済的な面で言えば、構造改革、規制緩和の名の下に進められた様々な改革により、日本社会の経済格差は広がりました。実際、1世帯当たりの平均年収は平成初期に比べ、この30年で130万円近くも減少しています。

 

しかし、それはそれで大問題なのですが、今回強調したいことはそのことではありません。

先程も書いたように、「自由な競争によってモノやサービスの品質が高まる」という説の下、"国の規制"は緩和され自由な競争とやらが実現されましたが、やれコンプライアンスや企業ガバナンスがなんだのと、むしろ民間の"自主規制"は強化されて、色々なことがやり辛くなったのではないでしょうか?

 

自由を実現するはずの構造改革こそが不自由をもたらした

先程「コンプライアンス」や「企業ガバナンス」「リスクマネジメント」などという言葉に象徴されるように、会社などでもやたら申請事項が増えたり、申請するための書類が増えたりして、以前だったら誰かに伝えれば済んでいたものが、そのようなある意味本来の業務とは違う仕事で忙しくなってしまった人が多いのではないでしょうか?

 

しかし、実はそれは「規制緩和」や「構造改革」の当然の帰結だったのです。

ちょっと詳しく説明しましょう。

 

構造改革とは「官から民へ!」という号令の下に進められました。国や官庁がやっていた業務を民間に移管していくというのは、それだけ"責任の所在"も民間へ移管するということなのです。「権限が増えれば責任も増える」という当たり前の話です。

その上、規制緩和ということになれば、市場参入する企業も増える訳ですから、当然今までなら「規制」で弾かれていたような会社も参入し、血で血を洗う血みどろの戦いになります。いわば「利益を求めての仁義なき戦い」に突入してしまった訳です。

 

しかし、それが現実だとしても流石にそれをおおっぴらにする訳にはいきません。

そこで企業自らがそのような「うちの会社はそのような仁義なき戦いによる、不合理な犠牲は出しません」ということを、外部から明確に見えるように手続きを行わなければならなくなりました。結果、そのような"見える化"のための膨大な事務作業が増えてきたということです。

いわば公的な規制がなくなったことで、民間が規制を強化しなければならなくなった。それが「コンプライアンス」「企業ガバナンス」「リスクマネジメント」・・・つまり社会に対する企業の責任を、まさに"自己責任"のもと自ら明確にしなければならなくなったという意味で、規制緩和や構造改革の当然の帰結だったのです。

 

逆に、構造改革前は政府や官庁が「適正な規制」によって、そのような仁義なき戦いが繰り広げられるのを押し留めていたことで、逆に民間は規制に基づいてさえいれば、本来やるべき仕事に集中できていたのです。ところが、平成の時代において私達国民は喜び遺産で、そのような規制を取り払って「自由」を追い求めて来ました。

いわば、その"仁義なき自由"によって自分たちの自由が縛られるというジレンマに陥ってしまった・・・それが今の私達が感じている息苦しさの正体です。 

つまり、構造改革の結果、政府や官庁が背負っていた「官僚的業務」が民間に降ろされ、民間が官僚化していった・・・・というのが実態なのです。

 

平成の次の時代に備えて思い起こすべきこと 

この社会で生きている以上、誰にも何にも妨げられない自由などというものはあり得ません。そのような守りることで皆んなの自由を最大限にするために歴史の中で育まれてきたのが、規範や習慣、倫理観でした。法律的な規制やルールというものは、それを明文化したものに過ぎません。


しかし、平成という時代は、そのようなありもしない「何者からの自由」を求めるあまり、自分たちの社会を守ってきた良い規制や習慣を破壊し、むしろさらなる不自由な社会に貶めた…それが平成という時代だったのではないかと思うのです。

本当に「自由」を望むのであれば、"自分たちを守る規制や習慣"と"自由な意思を表現できる裁量"のバランスこそを真剣に考えなければならない。当たり前と言えば当たり前のことですが、それが当たり前でなく"狂ったように自由に追い求めた"のが、この平成という時代だった。

もし今の時代に閉塞感を感じるのであれば、その"当たり前"をもう一度思い直し、自分を最大限に自由にしてくれるルールとは何か?について考え直すことが、次の時代を今よりも良いものにするために必要なことではないかと思います。

 

そのためにこそ、残り2ヶ月という間に、平成という時代がどんな時代であったのかをもう一度見つめ直すことは非常に有益なことではないでしょうか。

後ろを振り返ってばかりでは何も事態は好転しませんが、次の一歩をより良い一歩にするためにも、たまには後ろを振り返ってみることも良いことだと思うのです。

 

今回も長文を最後までお読みありがとうございました😆

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