アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」。脳の進化がスマホを引き寄せる
「スマホの見すぎは体に悪い!」
そう言われて真っ向から反論できる人はそういないでしょう。
睡眠障害、うつ病、記憶力や集中力の低下、ブルーライトによる目への悪影響など、スマホによる障害は枚挙に暇がありません。そうは分かっていてもついつい手が伸びてしまう・・・それがスマホの恐ろしさです。
そんなスマホの脳や精神への影響を脳科学や精神以外の観点から分析したのが、今回ご紹介するこちらの本。 アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」です。
「なんとなく悪いと分かってるけど止められない・・・。」
そんな甘っちょろいことを言っていたら脳や精神がどうなってしまうのか?を解き明かす恐ろしい本です(笑)。
著者紹介
1974年スウェーデン生まれ。精神科医。病院勤務の傍らメディア活動を続けている。
前作「一流の頭脳」は、スウェーデンで15人に1人が読んだというほどの大ベストセラーになり、世界的人気を獲得。またストックホルム商科大学でMBA (経営学修士) を取得するという異色の経歴の持ち主でもある。
日本人は1日に何時間スマホを見ている?
あなたは1日のうち何時間スマホを見ていますか?
MMD研究所が発表した「2019年版:スマートフォン利用者実態調査」の結果によると、スマホの利用時間を尋ねたところ、「2時間以上3時間未満」(21.8%)が最も多かったようです。また、性年代別でスマホの利用時間が最も多かった時間を見ると
<男性>
10代「3時間以上4時間未満」
20~30代で「2時間以上3時間未満」
50代で「1時間以上2時間未満」
<女性>
10代「3時間以上4時間未満」
20代〜30代「3時間以上4時間未満」
40代~50代で「2時間以上3時間未満」
※女性の場合、10〜30代では4時間以上が過半数。
睡眠時間や食事、仕事や学校などの時間を除くと、一日のうち自由になる時間は多い人でも4〜5時間というところだと思いますが、その半分以上の時間をスマホに使っているということになります。
我々はスマホを見るために生きている!と言っても過言ではないかもしれません。
なぜついついスマホを見てしまうのか
冒頭に書いたように、スマホが与える健康への悪影響はさまざまな所で取り上げられています。それにも関わらず一日のうちの膨大な時間を私たちはスマホに費やしているわけです。
なぜこれほどまでにスマホは私たちを引きつけてしまうのでしょうか?
その理由を人類の脳が進化してきた歴史の中から導きだしたのが、著者であるアンデシュ・ハンセンです。
著者は、本書の中でさまざまな脳の仕組みを解説しながら、その要因を探っていきますが、人類の進化とスマホの関係を象徴する一文があります。それは「周囲の環境を理解するほど、生き延びられる可能性が高まるーその結果、自然は人間に、新たしい情報を探そうとする本能を与えた。」という一文です。
言うなれば、「人類は厳しい自然の中で生き残る確率を上げるため、新しい情報を貪欲に求めてきた。常に新しい情報を届け続けるスマホは、そのような人間の生存本能を刺激し続ける存在である。つまり、人間の生存本能を刺激して依存させるようにスマホは設計されている。」ということ。
だから人間はスマホの魅力にやすやすと取り込まれてしまうというわけです。
ドーパミンが人間をスマホに惹きつける
人間はその生存本能ゆえにスマホに惹きつけられる。
本書ではその具体的なシステムについて詳しく、しかも分かりやすく解説してありますので是非手に取って頂きたいのですが、一つだけ人間の脳をスマホに惹きつける物質について具体的な例を紹介したいと思います。
それはドーパミンです。
ドーパミンという名前を聞いたことがある人は多いと思います。恐らく世界で最も有名な脳内物質ではないでしょうか。”快楽物質”として有名なドーパミンですが、実は「ドーパミンの最も重要な役目は私たちを元気にすることではなく、何に集中するかを選択させることだ。つまり人間の原動力とも言える。」そうです。
人間の原動力と言われると身体にエネルギーを与えてくれる”良い物質”のように思われますが、実はそれこそがスマホへの依存度を高めてしまうとのこと。著者によると
報酬システムでは、ドーパミンが重要な役割を果たし、生き延びて遺伝子を残せるように人間を突き動かしてきた。つまり、食料、他人との付き合いー人間のように群れで暮らす動物にとっては大切なことーそしてセックスによってドーパミン量が増えるのは、不思議なことではない。だが、スマホもドーパミン量を増やす。それが、チャットの通知が届くとスマホを見たい衝動にかられる理由だ。スマホは、報酬システムの基礎的なメカニズムの数々をダイレクトにハッキングしているのだ。
(中略)
周囲の環境を理解するほど、生き延びられる可能性が高まるーその結果、自然は人間に、新たしい情報を探そうとする本能を与えた。この本能の裏にある脳内物質はなんだろうか。もうお分かりだろう。そう、ドーパミンだ。新しいことを学ぶと脳はドーパミンを放出する。
(本書P70)
つまり、私たちの脳はパソコンやスマホのページをめくるごとにドーパミンを放出し、それによって私たちはますますクリックするが大好きになる、というわけです。
著者はこう言います。
「我々の脳はスマホにハッキングされている」と。
脳はなぜ存在するのか
ちょっと話が脱線しますが、この生存本能が人をスマホに惹きつけるという著者の主張を読んだ時に思い出したのが、レイ・カーツワイルという学者の言葉です。
レイ・カーツワイルという人物は人工知能の研究分野では世界的に有名で、「シンギュラリティ」という概念を提唱した人でもあります。シンギュラリティというのは日本語では「技術的特異点」と言われ、人工知能が自分で人間より賢い知能を生み出す事が可能になる時点を指し、これ以降人工知能は人間の知性を超えて進化し続けるという考えかたです。レイ・カーツワイルによる2045年にはこのシンギュラリティが訪れると言われています。
そのレイ・カーツワイルは「人類の未来」という本の中で次のように語っています。
「なぜ脳があるかと言えば、それは将来を予測するためです。現在の自分の行動ないし非行動が、将来どのような結果を生むのかを予測するために、脳は存在する。」のだと。
例えば「あの動物があちらに移動しているので、もしこの道をこのまま進んだら遭遇するかもしれない。危険だから別の道にしよう」というように、”情報から推測する”ことで人類は生存率を高めてきた。
人類は生存競争を生き抜くために進化をしてきたのであり、情報を取得し、そこから推測する力を持つために脳が発達してきた。
だとすると、やはり本書でアンデシュ・ハンセン氏が言うように新しい知識を得るために人間がスマホに惹きつけられてしまうのは仕方のないことなのかもしれません。
上述のレイ・カーツワイルの言葉はこちらの本に掲載されています。この本も面白いので別にレビューを書きたいです。そのうち・・・。
吉成真由美 著「人類の未来」。
スマホ脳から脱する方法
このようにスマホが脳に与える影響を脳科学、精神科学的な解析から読み解きながら、著者はさまざまな具体的な弊害を紹介しています。具体的には、睡眠障害、子供のスマホ依存、若者の精神不調の急増、IQの低下、食欲低減などなど・・・ここでは紹介しきれないほどで、読んでいるとスマホを持つのが恐くなります(笑)。
では、この恐ろしいスマホの影響からどうすれば抜け出すことができるのか?
著者が推奨している対策はとてもシンプルで、誰にでも今すぐできること。
それは「運動」です。
それも取り立てて難しい運動ではなく「20分の散歩を週3回やるだけ」。精神科医でもある著者の研究によると、これだけでスマホ依存による不安やストレスを軽減させることができるそうです。
「・・・なんか普通だな・・・」と思いましたか? (笑)
まぁ、そうですね。普通だと思います。取り立てて新しい話ではないかもしれません。
ただ、著者が運動を推奨する理由もまた「人類の進化の歴史」に根ざしています。
人間は地球上での時間の99%を「闘争か、逃走か」つまり生きるか死ぬかの環境で生きてきました。その中では身体コンディションが良い人の方が生き残る可能性が高まります。人間がストレスを感じるのは、そのような生存競争の中で、人間に不安感を与えることで身体を急激に戦闘モードへと導くために必要なシステムだったからです。しかし、よく身体を鍛えている人は危機が近づいても、このストレス状態に陥ることなく、素早く逃げたり、相手を攻撃することができた。だから身体を鍛えている人ほど、ストレス発生のシステムを作動させる必要がない。このシステムは現代でも変わっていません。
身体の状態がいい人はストレスシステムを事前に作動させる必要がない。脅威かもしれない対象を攻撃したり、逃げ出したりする体力があるからだ。それが不安の軽減につながる。(本書P212)
本当は散歩よりも、息が弾むくらいのランニングを20分、週3回やった方がより高い効果がそうです。著者の研究によると、不安の軽減が運動直後だけでなく、その後24時間続き、さらに1週間後も不安のレベルは低い状態をキープできたそうです。いきなりそこまでやるのはなかなか難しいと思います。まずは20分の散歩から生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。
という訳で、今回ご紹介したのはこちらの本でした。
アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」。
今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m