高橋真矢 著「資本主義から脱却せよ」。未来のために私たちが取り戻すべきものとは何か。
早速ですが今回ご紹介する本はこちら。
高橋真矢・井上智洋・松尾匡の3名による共著「資本主義から脱却せよ」。
最近、資本主義批判の本がよく出版されており、若干”流行り”のような感じがある。この本もてっきりその流れの本かと思ったものの、著者に私が好きな井上智洋という経済学者が名前を連ねていたため手に取った次第。
さて、肝心の中身はどうだったのか?
正直、初見の印象はかなり悪い
内容の紹介の前に言いたいことが一つ。
それは「編集力の無さによって、ここまで駄作になる本も珍しい」ということだ。
誤解がないように言っておきたいのだが、内容はかなり面白い。
貨幣という一つのテーマを切り口に、芋づる的にさまざまな問題を論評していくさま様は、自分が物事を考える上でも非常に示唆に富んでいる。
また、三名の独自の視点で語ることで、よりテーマを多角的に掘り下げようとする試みも面白い。
だが、いかんせん一つの本としての構成が悪すぎて、内容が非常に理解しづらい。
それぞれの論説はわかりやすく丁寧なのだが、構成が悪いために話があちこちに飛びすぎており、論旨が定まっていない(ように読める)のだ。
本当に「編集者出てこい!!」と怒鳴りつけたいほどだ。
この点についてはまた後で述べたいと思うが、著者三名の論説も紹介しつつ、この本が読みやすくなる読み方を提案したいと思う。
本書のテーマ
この本を読みやすくするために、本書のテーマとは何かを確認しておきたい。
一般的には書籍のタイトルなのだが、残念ながらそれも違う。率直に言ってタイトルの「資本主義から脱却せよ」は本書のテーマとはかなり食い違っていると思う。
実は本書においては副題の方が圧倒的にテーマにかなっているのだ。その副題とは「貨幣を人々の手に取り戻せ」である。
これは完全に邪推だが、編集者はこのタイトルでは売れないと思ったのではないだろうか?実際よほど経済と社会の問題に関心がある人でなければ、「貨幣を取り戻せ」などと言われても、全くピンと来ないだろう。
一方、昨今はなにかと資本主義批判が流行だ。
斉藤幸平の「人新世の資本論」にせよ、渋沢栄一の「論語と算盤」にせよ、現代の資本主義のあり方は間違っており、新しい資本主義のあり方を模索すべきだという論調がさまざまな雑誌やビジネス記事で見受けられる。
その流行に乗っかる形で「資本主義からの脱却」などという眉唾もののタイトルを選んだのではないだろうか。
そう思わざるを得ないほど、この本は”資本主義からの脱却”というタイトルではかなり語弊があると言って良い。
この辺りのセンスのなさが、本書の内容の分かりづらさにもつながっていると思われる。中身自体はとても良いのに、非常にもったいない・・・。
本書の概略
構成が非常に分かりづらいものの、実は一旦中身さえ理解してしまえば、この本の内容は非常にシンプルだ。すなわち
「”失われた30年”の間、多くの国民はとても勤勉に働いてきたのに、まったく生活は豊かにならない。その理由はよく言われるような”日本人の生産性が低いから”ではない。お金つまり貨幣を国内で循環させるシステムに問題があるからだ。
このシステムの問題を改善することで、私たちは”一所懸命に働けば豊かになれる”という当たり前のストーリーを取り戻すことができるのだ。」
というものだ。
そして、この「貨幣を国内で循環させるシステムの問題点」を明らかにするために
1)貨幣が発行され、流通するシステムを解説
↓
2)その問題点を提起
↓
3)問題点を解決するための方策を提示
という形で議論が展開されていく。
上記1~3に関して、3名の著者がそれぞれの専門分野において解説を行うのだが、内容にはレベルの差があることは注意していただきたい。
メインの著者というか、今回の著作の呼びかけ人である高橋真矢氏は学者ではなく、不安定ワーカー (執筆段階では失業者)という立場もあり、生活に苦しむ一般人の視点から解説を行う。
井上智洋氏は経済学者の立場から、少し技術的な貨幣システムの在り方を理論的に紹介しつつ、今後期待される貨幣システムの在り方を提案する。
そして、松尾匡氏は経済学者の立場でありながらも、どちらかというと貨幣と国民の関係性を思想的な面から解説する。
という内容になっている。
この次元の違う3名の論説がバラバラと展開されているため、一章から順番に読んでいくとかなり混乱する。したがって、お勧めな読み方としては、自分の興味や経済学への知識に合わせて、3名それぞれの論説だけ読んでいくのが良いかと思う。
たとえば、経済学に関してある程度知識がある方なら、井上氏や松尾氏のセクションをいきなり読んでも楽しめるかもしれない。
逆に経済学には馴染みがなく、「経済ってお金儲けのことでしょ?」くらいの感覚の方であれば、高橋氏の”生活になじんだ”議論から読み進めた方が楽しめるだろう。
特に高橋氏が解説する貨幣発行システムの説明に関しては、恐らく国民の99%が知らないような内容であるため、目から鱗が落ちるような感覚を味わえるはずだ。
お金を生み出す万年筆の話
本書を紹介されている中でもっとも重要な概念が「信用創造」という貨幣発行システムだ。これさえ分かれば本書の内容の80%は理解できるし、現在の日本の経済問題はほとんど理解できてしまう。
信用創造とは誤解を恐れずに言えば「お金が生まれて、国内に循環するプロセス」を描いた概念だ。本書に詳しく解説がなされているが、私のブログでも以前紹介したことがある。
多くの人は「お金は政府が造幣局で作っているものだ」と思っている。
だが、それは半分正解で半分間違いだ。
確かに貨幣を発行する権限は政府あるいは中央銀行にのみ与えられている。しかし、貨幣にはいわゆる現金通貨の他に、銀行預金も含まれており、国内で出回っている貨幣のほとんどはこの銀行預金なのだ。
また、この銀行預金とは通常「国民が稼いだお金を銀行に預けている」と思われがちだが、これも半分正解で半分間違いだ。
確かに私たちの”貯金”も銀行預金に含まれるのだが、実はほとんどが「銀行がどこかの事業主に貸しつける時」、つまりその事業主を”信用”して融資を行う時に「事業主の口座に”融資額〇〇万円”」と書き込まれるのである。
お金はどこかから融通して貸し付けるのではない。
むしろ事実は逆で「銀行が誰かにお金を貸しつける時に、銀行口座にポンっと生まれるもの」なのだ。
これは普通の感覚では信じがたいことだが、日々現実に行われていることであり経済学的には当たり前のことなのである。
これは実は日本政府がお金を発行する時も同じことが起きている。
日本銀行が日本政府に対してお金を貸しつける時に、日本政府の口座にお金がポンっと生まれる。当然日本政府はこのお金を返済しなければならないが、日本政府には通貨を発行する権限があるため、いくらでも返済することができる。
したがって、この信用創造という概念を理解しておくと、日本政府が財政破綻するなどと言うことは、どう考えてもあり得ないことが分かる。逆に言えば、信用創造を理解していないから、”日本が財政破綻するという嘘”にいつまでも騙され続けるのである。
本書を読み、信用創造のプロセスを理解した時、私たちの生活がなぜいつまでも豊かにならないのか、その理由がきっと分かる。そして、今私たちが何を議論すべきかもわかるだろう。
貨幣という物の本来の役割を改めて認識することで、私たちの生活を豊かにする貨幣とはどうあるべきかについて、より深い知見を手にすることができると思う。
内容構成が稚拙なため分かりづらい部分が多々あるものの、内容としては非常に含蓄が深い。ぜひ一人でも多くの人に、本書を手に取って欲しいと願う。
という訳で今回ご紹介したのはこちらの本
でした。
今回も長文を最後までお読みいただきありがとうございましたm(__)m