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国民のために働きたくても働けない。「ブラック霞ヶ関」の実態

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「官僚」

日本においてこれほど悪いイメージを持たれている言葉も少ないだろう。

本来なら日本を牽引するエリート集団であることを否定する人はいないだろう。その一方で多くの一般国民が抱くイメージとは

「上級国民の集まり」

「無駄に偉そう」

「税金から給料をもらっているくせに国民をバカにしている」

「まともな仕事をしてない(=まともな政策を作らない)」

といったものだろう。

 

そのようなイメージを覆すような衝撃的な本がある。それが今回紹介する

千正康裕「ブラック霞ヶ関」だ。

この本では、普段私たちが抱きがちな"上流階級"とは全く違う実態が描かれている。

超絶ブラック!官僚の実態

2019年に行われた官僚1000人のアンケートによれば、65.6%は年間残業時間が720時間を超え、1000時間超えが42.3%、1500時間超えが14.8%だった (ちなみに過労死ラインは960時間)と言われている)。

また、朝7時に業務開始時間、仕事が終わるのが27時過ぎというのもザラのようだ。

私自身も民間企業で同じようなスケジュールで仕事をしていた時期があるが、案の定体を壊して1年ほど休職せざるを得なかった経験がある。

著者によれば、厚生労働省経済産業省などの本省で働く国家公務員に関して言えば、約一割が体調を崩して休職しているそうだ。

 

官僚と言えばれっきとした"エリート"。普通に考えれば「片手団扇」の生活をしていてもおかしくないはずだが、その彼らがなぜこのような殺人的業務をこなさなければならないのだろうか。

 

この本では元厚生労働省の官僚が自身の体験を交えながら

 

・なぜ官僚たちはこのようなブラック企業並みの働き方をしているのか。

・この官僚の実態が私たちの生活にどのような影響を与えているか

 

が解説されている。

その上で、私たちの生活をより良くするために官僚にどのように働いてもらうべきなのかについて、具体的な提案も交えて語られている。

一般国民にはあまり馴染みのない官僚たちだが、この本によりその生態や考え方を知ることで、どうすれば官僚たちが国民のために働けるようになるかが見えて来る。

そもそも官僚とは何か

官僚とはそもそも何だろうか?

Wikipedia的な説明をするならば、中央行政機関で各省にかかわる国家公務員のこと。特に国家公務員の中でも、国家公務員総合職試験で採用され、中央官庁の中で一定以上のポストにある人たちを指して官僚という。

公務員の中でも、国家公務員Ⅰ種採用試験という超難関試験を突破した者だけがなれる超エリート達だ。

彼らの仕事がどのようなものかをひと言でいえば、「官僚の仕事は政策をつくること」だと言えるだろう。

ではその「政策」とは何だろうか?

 

官僚が作る政策とは?

著者によれば政策とは「政府独自のリソースを活用して、人々の行動変容を促し、社会課題を解決する営み」のこと。

政府独自のリソースというのが分かりにくいが、たとえば法律による規制や税金の徴収とその配分。あるいは労働基準監督署による労働環境の取り締まりのような公的機関だけが実行できる手法のことだ。

これらを策定、運用する制度設計を行うのが官僚の仕事ということになる。

官僚の役割

このような政策とは私達一般国民の生活に直結するものだ。したがって、政策の設計をする際には、国民にとって利益があるように様々な現地調査や分析、それに基づく将来予測が必要となる。

当然ながらそれはインターネットで検索して、パソコンに入力すれば自動的にできあがるような単純なものではない。著者によれば「良い政策」を作るためには下記の3つのプロセスが重要となる。

1) 詳しい人が徹底的に考える

みなが使う法律や精度の案を作る人間は、その内容や変えた時の様々な影響が見通せるように詳しくないといけない。専門家の知識は非常に重要だ。

2) 出来るだけ多くの人の意見を聞く

仮に、指示下や官僚が優秀だとしても、世の中のすべての国民の生活や制度の欠陥を見通すことはできない。だから、色んな立場の人の意見を聞いて政策へ反映させることが重要。

3) 決めた後の執行のことをよく考える

どのような政策もそれが成立した時に大きな話題となるが、実際に重要になるのはそれが施行されてから。どれだけ大きな給付金を予算に盛り込んでも、それがちゃんと執行されて、国民に届くようにするための時間や手法を確保しなければ意味がない。

 

考えてみれば当たり前のことであり、どれも特別な意味を持つものではない。民間企業で働いたことがある人ならもちろん、学生であっても部活やサークルで何かを実行しようとしたことがある人なら、これらは実に当たり前のことだ。

 

ただ一つ注意しなければならないのは、これらのプロセスには非常な時間と労力、そしてお金がかかるということ。政策を考えるのはもちろん、多くの人の意見を求めるにも、政策のプロセスを精査するにも莫大な労力がかかる。

民間企業や学生のサークル程度ならその労力も知れているかもしれない。しかし、国の政策とは国民生活に強く、長い影響を与える (下手をすればその政策により生活が困窮するような可能性もある)。そして、一旦施行されれば、それを撤回することは容易ではない。

ここにこそ官僚がブラック化する原因がある。

すわなち絶望的な人員不足である。

 

日本は公務員が少なすぎる?

バブル崩壊以降、いわゆる”公務員叩き”が流行る中で日本の公務員はガンガン削られてきた。文字通りの人数削減もあれば、派遣労働者によって急場を凌ぐケースも多い。

一般的に日本は公務員が多すぎるというイメージがあるが、実は先進国の中では日本の公務員は圧倒的に少ないのが実態だ。

下記は人事院による人口千人当たりの公務員数の国際比較だが、これによると

フランス 89.5人

イギリス 69.2人

アメリカ 64.1人

ドイツ 59.7人

日本 36.7人

と圧倒的に少ない。しかも、地方公務員も入れた総数で見ればこの20年あまりで100万人以上減少していることになる (国家公務員に限っては半減!)。

この数字を見ただけでも、諸外国と比べて日本の公務員が激務に追われている実態は不思議でもなんでもない。むしろ当然の結果だろう。

https://www.jinji.go.jp/pamfu/profeel/03_kazu.pdf

人事院HPより転載

https://www.jinji.go.jp/pamfu/profeel/03_kazu.pdf

公務員数の減少が与える影響

実際、この本のなかでもさまざまな実例を踏まえて「少人数で無理やり激務をこなしている官僚」の姿がありありと描かれている。

冒頭でも紹介したように

・65.6%は年間残業時間が720時間を超え、1000時間超えが42.3%、1500時間超えが14.8% (ちなみに過労死ラインは960時間と言われている)。

・朝7時に業務開始時間、仕事が終わるのが27時過ぎがザラ。

・本省で働く国家公務員に関して言えば、約一割が体調を崩して休職

という異常な状態が常態化するのも頷ける。

そして、実際このような異常事態は私達の生活にも影響を与えている。

 

たとえば昨今たびたび話題になる、コロナ禍による飲食店の時短営業への影響もその一つだ。

下記の朝日新聞の記事によれば

新型コロナウイルスの感染急拡大を受け、1~3月に出された緊急事態宣言の対象11都府県で、営業時間短縮の要請に応じた飲食店などへの協力金の支給率にばらつきが生じている。福岡県が支給をほぼ終える一方で、大阪府は6割強にとどまることが朝日新聞の調査でわかった。(中略)
 一方、申請が約11万4千件と2番目に多い大阪府は支給率が最も低い64%だった。期間別にみると、緊急事態宣言の最初の期限だった2月7日分までは78%で、11都府県の中で唯一90%台に達していない。2月8~28日分は49%にとどまる。民間企業に業務を一括委託したが、「判断に迷う事案が多く発生した」(府担当者)という。対応する府職員は3月末まで2、3人だけで支給は滞った。」

なぜこのような事態が起こるのかと言えば、店が実在するのか、時短要請の対象となるのか、営業許可証と確定申告の名前が一致しないなど、民間業者に判断できない事案が発生。それを大阪府職員に確認するものの、府側の担当者は2、3人しかいないために全く処理が追いつかない。

日本は公務員が多すぎるという思い込みにより減らし続けた結果、私たち国民自身が苦しんでいるのが実態だ。

もちろんこれは大阪府という一地方自治体の話だが、本書の官僚たちのブラック化も同根の問題を引き起こしているであろうことは想像にかたくない。

 

官僚と国民、双方にとってベストな方策を

著者は今回の新書を書いた理由を「まえがき」にて、次のように書いている。

「この本を書くことにしたのは、官僚を本当に国民のために働かせるためにはどうしたらよいか、それを皆さんと一緒に考えて実現していくためのきっかけとしたいからです。

(中略)

そして『そうだな。自分たちの税金で仕事をしている官僚には、国民のためになることに極力時間を使ってほしいな』。そう思ってくださったら、とても嬉しいです。」

長年官僚として働き、自身も身体を壊すほどに働いた人物の心からの訴えだ。

たしかに現在の官僚たちに何も問題がないわけではないだろう。上記の「人手不足」がその原因のすべてとも言えない。冒頭に述べた官僚の悪いイメージも、あながちすべてが幻想という訳でもないだろう。

だが、民間だろうが学校のサークルだろうが、どんな組織でも必ず制度的な問題を抱えているものだ。それを官僚システムにだけ「お前たちの努力が足りない。国民の税金で暮らしているのだから、滅私奉公を徹底しろ」と突き放すのは、やはり正当とは思えない。

官僚として働く彼らにも、彼らなりの言い分や、自分たちの力だけではどうしようもない課題もあるはずだ。

日本のはびこる、いわゆる「官僚」というイメージにとらわれることなく、官僚自身の声にも耳を傾けること。そして、国民と官僚お互いにとって少しでも良い環境を生み出せるように努力し合うことが大切ではないだろうか。

本書はそのための一助になるものとして、是非多くの人に一読して頂きたい。

 

というわけで今回ご紹介したのはこちら。

千正康裕「ブラック霞ヶ関

でした。

今回も最後まで長文をお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m

 

 

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