世界を救う読書

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教養ブームが生む弊害について。教養とは”思いやり”である。

 

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コロナ禍に前後して活況を呈するのが”教養”市場だ。

日本人の勉強好きは昔からの特徴だが、社会の不安定化を反映してか、単なる勉強を超えた"教養"という分野が注目を集めている。

たとえば書店の入り口を潜れば、真っ先に教養コーナーが目に飛び込んでくるなんでこともしょっちゅうだ。

そこに並べられている本を見れば

「教養としての地政学

「教養としての地理」

「一日一ページ、読むだけで身につく世界の教養」

なんて本まである。

先の読めない社会状況が続く中、手軽に、しかし確実に教養を身につけたい。そんなニーズに応えようとする本がどっさりだ。


けれども、そもそも教養とは何だろうか。

「あの人は教養があるね」などと言われれば何だか頭が良さそうな、でも嫌味のない、上品な知性が身についた人のよう。

そんな何だか誇らしげになる魅力がたっぷりの"教養"だが、そもそも知識や知性とは何が違うのだろうか?

私自身は「教養人です」「教養とはこれだ」と胸を張って言えるような教養は持ち合わせていない。

だから「これをやれば教養が身につく」などと偉そうにアドバイスするつもりはない。

ただ、そんな私でも現在の本や動画で教養が身につけようとする危うさを直感するくらいの常識はある。

今回は教養について多少の所見を述べることで、教養ブームに乗っかることの危うさについて感じてもらえれば幸いだ。

 


さて、「教養とは何か」という問題を考えるときに、いつも思い出すのが福田恆存の言葉だ。

福田は「私の幸福論」の中で”高い教育を受けた人ほど教養がなく、現代文明の先端をいく都会人ほど教養がない。”と述べた上で、とある電車内で「窓を開けたいと思うが、迷惑ではないか」と丁寧に聞いてきた、「おそらく小学校くらいしか出ていない」老女の方がずっと教養があるのではないかと書いている。 

福田はこの女性の何をもって「教養がある」と考えたのだろうか?

この女性が"窓を開けるときには、まず他人の同意を得てからでなければならない"という一般常識を弁えていたからだろうか?

そうではあるまい。

福田はこの女性の”他者との関係性を理解し、それに適した対応をする”という行動、あるいは行動規範を備えていた点に対して、教養を見出したのではないだろうか。

福田が見たところでは、この女性にはいわゆる”学”はなかったようだ。だが、彼女は社会を構成する一員として彼我の関係性を慮る謙虚さと、それを実践する礼儀は備えていた。その点にこそ福田は教養の姿を見出したのであろう。

 

そして、まさにこの点にこそ「教養とは何か?」という問いの答えが隠されているのではないだろうかと思う。

教養が単なる知識と違うのは、知識がその活用に他者の存在を必要としないのに対し、教養は他者との関係性を前提として価値を持つ点だ。

他者との関係性を理解すること、その関係性に応じた対応をすること、これらはいずれも人間社会の中で、人々がお互い心地よく暮らしていくための知恵”に他ならない。他者の存在を前提とした上での知恵、そして規範を身につけ、時季や状況に応じて柔軟に対応できること。それこそが”教養がある”ということではなかろうか。

だからこそ私達は”教養がある人”という言葉に、単なる知識の豊富さや、勉学で身につけられる専門性を超えた品格を感じるのだろう。

 

そのように考えると昨今の”教養ブーム”がいかに浅薄なものかが窺い知れる。

教養が他者との関係性を前提にするのならば、その関係性における適切な行動とは、現出した情況によって全く異なるものであり、いついかなる時にも適用されうる回答は存在しないことになる。したがって、知識ではなく”教養”を身につけたいのであれば、自分と他者との関係性を見抜ける力、すなわち他者の”人となり”を見抜く洞察力と、その関係性に適した対応ができる人間力 (経験や場数と言っても良いかもしれない) を磨かなくてはならない。

残念ながらそのような力は本や動画を目を皿のようにして見回しても、身につけることは不可能だ。さまざまな立場の人々と出会い、その人々の考えやお互いの関係性に思いを馳せること、すなわち”思いを遣わす”という意味での「思い遣り」の心をもつことこそが真の教養を身につける上では何より大事なことではないだろうか。

 

その意味では、昨今の教養ブームは単なるビジネス的利益の追求による教養の形骸化だけでなく、真に教養を身につけたい人を本来の教養から引き離す悪弊になるのではないかという気がしてならない。

 

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m 

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