なぜアメリカ人は銃を手放せないのか?
あなたも一度は思ったことのあるのではありませんか?
「なぜアメリカでは銃犯罪がなくならないのか?」と。
そもそも日本では銃を持つどころか見たことすらない人がほとんどですので、あれだけ銃犯罪が発生するのになぜ銃規制が進まないのか全く理解できないと思います。正直私も何度も疑問に思っています。
その日本人なら誰でも思う疑問が氷塊する答えがこちらの本に書いてありました。
実はそれが前回の投稿で「ケント・ギルバート著 ”トランプは再選する!”」という本です。
[目次]
- グレーター・アパラチアという集団
- グレーター・アパラチアの人々には銃は不可欠
- アメリカ人は11の集団から成立している
- 同じ国でありながらなぜ差異が生まれるのか
- アメリカと日本は本当に同じ価値観を共有しているのか?
グレーター・アパラチアという集団
この本によりますと、アメリカにはGreater Appalachia (グレーター・アパラチア)という集団がいます。集団と言っても何かあやしい団体とかではなく、日本で言えば関西人とか九州男児みたいな、特定の地域で何かしらの“民族性”みたいなものを共有している人たちのことです。地域的にはアメリカの中東部に位置するところで、ケンタッキー州とかテキサス州とかが含まれます。
テキサスというとカウボーイというイメージがありますが、正にその通りでこの本では
「北アイルランド、イングランド北部、スコットランド低地の、戦争で荒廃した辺境地域から相次いでやってきた粗野で好戦的な入植者の一団によって18世紀初めに創設された」
「独立心が旺盛で、自分の力だけを信じ、他人の力などまったくあてにしません。(中略)完全に自立した人たちなのです。」
と書かれています。
正に私達が抱くイメージ通りのアメリカ人という感じですね。
グレーター・アパラチアの人々には銃は不可欠
このグレーター・アパラチアの人たちは非常に独立心が強いため、自分の家から5km圏内に誰かが来たら引っ越してしまうのだそうです。日本ではちょっと考えられない感覚ですが、「隣近所」が5kmも離れてしまうとなると何かがあっても近くの様子を見に行けるような距離ではありません。
このケント・ギルバート氏によると、彼らにとっては銃は絶対に手放せないのだそうです。そりゃそうですよね。5km以上も離れていては強盗が入ってきても、誰も助けに来てくれません。もちろん危険は強盗だけではありません。熊や狼のような危険な動物も近くにいるのです。ときには家畜を守らなければならない時もあります。彼らにとっては銃を持つことは生命線だと言えるでしょう。
もちろん「だからアメリカ人は野蛮なんだ」という話ではありません。
自立心の強い彼らは当然ほかの人達にも自分の価値観を強要することはないので、別の地域の人たちが銃規制をすることにとやかく文句を言うことはありません。ニューヨークやロサンゼルスの人たちが銃規制を行うのは全然構わない。彼らが銃規制に反対するのは「自分たちの生活に必須の銃を取り上げられること」に対してなのです。
この点を理解してないとアメリカ人がなぜ銃を手放せないのかが全く理解できないということになります。
アメリカを構成する11の集団
ただ、ここまでのことを聞いただけだと、「アメリカのグレーター・アパラチアの人たちが銃を手放せないのは分かった。じゃあ、都市部だけとか規制すれば良いじゃないか。アメリカなら州ごとに規制もできるんじゃないの?」という疑問が浮かぶと思います。
これがそう簡単な話ではないのがアメリカという国が「11の集団」によって構成されているからです。
グレーター・アパラチアの人たちのように銃を持つことに非常に強いこだわりを持っている人がいるのと同じく、全く別のことに非常に強いこだわりを持った集団がいるのです。それが11も!
アメリカ人は11の集団から成立している
先程も書いたように、11の集団というのは別に宗教団体だとか利益団体だとかではありません。どちらかというと日本で言う「関西人」とか「九州男児」とか、そういう特定の地域性と密接に絡んだ集まりです。しかし、その差異が日本とは比べ物にならないほど大きい。
具体的には先程紹介したグレーター・アパラチアの他に
YANKEEDOM
NEW NETHERLAND
TIDE WATER
DEEP SOUTH
THE MIDLANDS
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って文字で書いても分かんないですね (笑)。
ただ、日本の地域分布よりも複雑です。
例えば有名なニューヨーク州が含まれる「YANKEEDOM」という地域集団。
ケント・ギルバート氏はこのYANKEEDOMの人たちが大嫌いのようで、このように述べています。
「彼らは自らが多少の犠牲を払ってでも全体を考えるべきだ考えます。問題なのは、彼らがそのような考えを他の人達にも押し付けることだと私は感じています。」
彼らヤンキーダムの人たちからすれば、危険な銃を持つことにこだわるグレーター・アパラチアの人は「野蛮」以外の何者でもないでしょう。下手したら「こんな奴らが同じアメリカ人ということが許せない。さっさと銃を捨てろ! 地域が危険だというなら都市部へ引っ越せよ!」と思っているのではないでしょうか。
同じ国でありながらなぜ差異が生まれるのか
さて、では同じ国でありながら、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか?
それにはいくつかの理由がありますが、大きな理由は地理的な位置関係と歴史の問題です。
例えば先程書いたYANKEEDOMの人たちが多く住むニューヨーク州。ここはアメリカの北東部にあります。結構寒いところで、最初にイギリスから入植して来た人たちがこの辺りに入りました。大航海時代のことですから当然移動は船。イギリスから直線距離が近いんですよね。
なぜイギリス人が入ってきたかというと、ピューリタン (清教徒)と呼ばれるキリスト教の一派の人たちが宗教弾圧から逃れてきたからです。イギリスというとそういう経緯があるので、非常に理想に対するこだわりが強い人達なのです。そのように理想的な社会への新年が強いため、逆にそれ以外の考えの人たちを強く排除するという傾向が強いのだとか。「なぜ俺たちの崇高な理念が、お前たちには分からないんだ!」という感じですね。
この本ではそれぞれの地域がなぜそのような特色を持つに至ったのかについても詳しく書かれていますので、興味がある人は是非お読みください。
アメリカと日本は本当に同じ価値観を共有しているのか?
さて、このように非常に強いこだわりというか、価値観やアイデンティティを持った多様な集団が大きく分けて11もあるのですから、意見の集約なんてできる訳がありません。そもそも“アメリカ人”と十把一絡げで考えること自体が無理があると言った方が良いような気すらします。
日本人はまだ関西人とか、九州の人とかいろんな区分けがありますが「言うても同じ日本人だよね」という感覚が根強いです。ですから、これほど強力な価値観の相違というのはなかなか理解しづらいと思います。
ところが、です。
以前安倍首相が「日本とアメリカは同じ民主主義という価値観を共有する隣人だ」みたいなことを言っていました(隣人とは言ってないかな??)。
ですが、本当にそうなのでしょうか?
このような強烈な価値観の相違の上で成り立っているアメリカと、「言うても同じ日本人だよね」という連帯感が根付いている日本が「同じ価値観を共有している」というのは、少なくとも私はかなり違和感を感じます。
むしろ、多様な価値観を持つ集団を「民主主義」というような特定の価値観で統合するという方式は、膨大な民族と言語を一党独裁という形で無理やり統合している中国と近いのではないかとすら思えるのは私だけでしょうか。
ー広大な国土とそれが生み出す様々な風土。
ー歴史の短さ
ー多民族。
ー自国第一主義。
ー(社会の連帯ではなく民主主義あるいは共産主義のような)特定の価値観でまとめ上げた国家体制。
などなど・・・類似点を挙げればキリがありません。
トランプが大統領になってからは日本にも「おいおい、アメリカ大丈夫かよ。ちょっと距離置いた方が良くない?」という空気がありますが、とは言え基本的にはアメリカは良き隣人という考え方の方が主流だと思います。ですが、今回ご紹介した11の集団のように「家族全員価値観バラバラ」という国が本当に日本にとって“良き隣人”といえるのでしょうか?
トランプという困った人物が大統領になった現在をキッカケにして、もう一度アメリカという国との付き合い方を考え直すべき時になっているのではないかと思うのです。
あー、今回めっちゃ長くなりましたね!
すみません!!(笑)
いつも書いていることですが、今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございました!!😆