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改めて考える「働くことの意義」。人工知能に取って代わられる労働とは?

GoogleGoogle Homeスマートスピーカー、AIで人の動きを検知して自動制御するエアコンなど、私たちの日常生活にまずます浸透してきているAI(人工知能)技術。

私達の生活はどんどん便利になっていきますが、その一方で「AIが人の仕事を奪う」というAI脅威論もよく話題に上がります。たとえば書店に行けば、必ずと言って良いほど「AIによって仕事が奪われる!」「AIに奪われない仕事はこれだ!」という言葉が踊っています。

日々一所懸命働くサラリーマンには、そんな言葉に漠然として不安を感じている人も多いのではないでしょうか。 

ただ、そのような不安を感じる原因は、AI技術に何ができて、何ができないのかが分かっていないから。

そこでご紹介したい本が今回の本、井上智洋 著「人工知能と経済の未来 -2030年雇用大崩壊ー」です。

「AIって何?美味しいの?」というAI初心者にも分かりやすい解説に加え、AIが労働や社会経済に与える影響までディープに考察。今後AIが労働に与える影響を考える上で、必読の書と言っても過言ではありません。

 

 


概略紹介

まずはざっくりと本の内容をご紹介。

この本は最初にAI技術の簡単な歴史とそのコンセプトを解説します。現在発展段階にある「特化型AI」という技術に出来ること、出来ないことを紹介。そして、次のAIの段階「汎用型AI」技術が登場した時にどのようなことが起きるのかを予測。それが雇用と日本経済に影響を与えるのかを論じます。

 

先回りして結論を言ってしまえば、既存の職業のほとんどがAIあるいはそれを応用したロボット技術によって奪われるのですが、その時の社会において必要な社会保障制度がどのような形であるべきかを論じています。そして、その考察の中でそもそもの「働く」ということの意義にまで踏み込んでいきます。

新書ということで読みやすい形式になっていますが、単純な「AI脅威論」ではなく、AI技術の今後の展望とそれが社会に与える影響。人間にとっての働くことの意義まで平易な文章で問い直す意欲的な本で、何度も読み返したくなる内容になっています。

 

著者紹介

まずは著者である井上智洋氏の略歴をご紹介。

井上氏は駒澤大学経済学部准教授。経済学者の中でも珍しく人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして、執筆活動、Youtubeでの解説など幅広く活動しています。

 

 

こんな人におススメ

「働くこと」

「AI (人工知能)」

に興味がある人なら誰にでもオススメ!特に会社員の方であれば是非ご一読を。

AI技術と雇用という問題だけでなく、働くということの意義をもう一度考え直すという意味でも読む価値があります。

 

内容

ではいよいよこの本の中身についてご紹介していきましょう。

まずこの本は大体次のような構成になっています。

  1. AI技術の基礎的な知識と今後の技術的展望
  2. 技術革新が経済・社会に与えてきた影響
  3. AIによって引き起こされる社会変動
  4. 労働者不要時代に必要となるベーシックインカム制度

この内容に沿って読み解いていきましょう。


1.AI技術の基礎的な知識と今後の技術的展望

第一章と第二章に当たるのですが、ここではAI技術の基礎的な知識が紹介されています。AI関連の記事を読むとよく目にする、「シンギュラリティ (技術的特異点)」「ディープラーニング」「ニューラルネットワーク」と言った概念、そしてAI技術の問題点などが分かりやすく説明されています。AIという物がどういう技術なのかが分かりますので、ここを読むだけでも価値があります。

ただ、その中でもこの本を読み進めていく上で非常に重要なってくるのが「特化型AI」と「汎用型AI」という概念です。

世間一般で語られる時にこの区分けというのはほとんど意識されていません。というか、AIについて解説している記事でも、一緒くたにされていることがとても多いです。しかし、この区分けというのはAIの今後の展望を考えるうえで非常に重要です。

 

簡単に説明すると、特化型AIというのは将棋ソフトのAIのように何かの目的に特化された人工知能。そして汎用型AIというのはいわば「ドラえもん」的なAI。つまり特定の目的に特化したものではなく、のび太君が「ねー、ドラえも~ん」と言って泣きついてくるような多様な目的に柔軟に対応できる“人間のような知能をもった人工知能”というわけです。

人間の仕事というのは何か一つのことだけを解決すれば良いわけではなく、実際にはその場の状況に合わせた判断や、人とコミュニケーションを取りながら改善していくような複雑な問題快活が要求されることがほとんどです。

したがって、特定の目的や状況に特化した特化型AIが人間に取って代わるというのはかなり困難です。この状況ではむしろ人間とAIの共存関係が両者にとってより良い発展をもたらす可能性が非常に高い。問題はドラえもんのような汎用型AIが誕生した後の話。AIが人間の仕事にもたらす影響については、この特化型AIと汎用型AIで全然話が変わってきます。

 

POINT

人工知能には特化型AIと汎用型AIの2種類がある

● 現在活発に開発されているのは特化型AI

● 特化型AIが人間に取って代わるのは難しい

 


2.技術革新が経済・社会に与えてきた影響

AIの社会的インパクトについては、特化型AIと汎用型AIを分けて考える必要がありますが、まずは特化型AIが与える影響について、第三章で解説が行われます。

ざっくばらんに言ってしまうと、特化型AIのような技術革新は第一次産業革命、第二次産業革命、第三次産業革命と、今までの歴史の中で人類は何度か経験して来ました。

ちなみに、それぞれの産業革命とは

を指します。

 

これらの産業革命の時代にも機械が人間に取って代わるという危機意識は世間を騒がせました。

たとえば有名なのは、第一次産業革命時代に起こったラッダイト運動。

中学校、高校の教科書で読んだ記憶があるかもしれませんが、蒸気機関の発明は当時需要が高まった綿織物の製造効率を上げるために開発されました。それによって紡績 (糸を紡ぐ作業)が圧倒的に早くなったのですが、織物職人が「自分たちの仕事を奪われてしまう!」と言って機械を打ち壊した事件です。

新しい技術は特定の人々の仕事を奪うことになりました。

しかし、長期的に見ればそのような失業者も別の新しい職種へ移動することで、産業構造全体としては人間を駆逐するということにはなりませんでした。もちろん、その過程では新しい産業になじめず悲劇の道を歩んだ人々は大勢いるのですが、あくまで「人類全体では」ということです。

 

特化型AIはこのような技術革命に当たります。

つまり、今までの産業革命と同じように、AIも圧倒的な生産効率の向上をもたらすことになる技術。それは新しい産業構造への変革は促すことになるものの、人類を駆逐するというところまでは行かない。人間とAIが共存する道を探れるだろうというのが井上氏の見立てです。

 

POINT

● 特化型AIと人間は共存可能

● 特化型AIが人間に取って代わるのは難しい

 

3. AIによって引き起こされる労働者不要という社会変動

しかし、問題は「汎用型AI」が誕生した後です。

将棋ソフトのような特化型AIがどれだけ開発されても人類は不要になりません。しかし、ドラえもんのような汎用型AIが誕生すれば、あらゆる分野の生産活動をAIだけで行えることになります。

 

井上氏は第一次産業革命以降の経済の形態を「機械化経済」と呼んでいます。

それは人間が機械を使うことで生産活動を行い、何かの生産物を作り出す。それが別の商品を生み出すときの生産設備に回って、そこでまた人間がその生産設備を使うことで新しい生産物が生まれる・・・・そういう風に人間と機械が共同して行われる生産活動が、社会全体でぐるぐる回っているわけです。

この経済モデルでは人間が機械を使いますので、機械がどれだけ発達しても人間の能力がボトルネックになります。極端な話1日100台の車を作れる機械が整備された工場があっても、それを扱う人間が一人しかいなければ1日に10台しか作れないかもしれないのです。

 

しかし、ドラえもんのような汎用型AIが誕生すればどうなるでしょうか❓

人間は1日に8時間くらいしか働けませんが、ドラえもんなら24時間活動できます。何ならドラえもん自身がドラえもんを量産していけば、人間がいなくても1日100台作れる工場をフル稼働させることができるようになります。

つまり”純粋に”機械だけで生産活動が成立してしまう社会になるのです。いささか「理想論」的な話ではありますが、このような生産活動が行える体制を井上氏は「純粋機械経済」と呼びます。

 

こうなってしまうと人間は生産活動において、ほぼ不要となります。

極端な話、経営者さえいれば事足りるということになりかねません。そうなった時に不要となった労働者はどのように生計を立てればよいのでしょうか?

生産物がすべて無料になれば、そもそも働く必要がなくなるのでしょう。誰もがタダで食料やサービスなどを利用することができるという訳です。

しかし、生産するためには材料代、機械を管理する費用、土地代などなどコストはかかってしまいます。純粋機械化経済においてもすべてが無料というわけにはいきません。生きていくためには何かしらの収入は必要になります。

ではどうやって私たちは収入を得れば良いのでしょうか?

 

POINT

● 汎用型AIが誕生すれば人間がいなくても経済活動が可能になる

● 汎用型AI後に私たちはどうやって収入を得るのかを検討すべし

 

労働者不要時代に必要となるベーシックインカム制度

このような労働者不要の時代にどうやって私たちは収入を得るのか?

その対策として井上氏が提案するのが「ベーシックインカム制度」です。

ベーシックインカム・・・名前だけは聞いたことがある人は多いかもしれませんね。

 

ベーシックインカムとは、簡単に言えば「生活に必要な最低限の収入を政府が国民に配る (基礎収入)という制度」です。ベーシックインカムについての議論では、一般的に財源をどうするのか?ということが争点になりがちです。これについては井上氏は現代の貨幣制度においては、政府に財政上の制約はないとしています。この点に関しては、経済学的な詳しい説明が必要になるのでここでは割愛しますが、本書で非常に分かりやすく説明がなされているので、興味がある方は是非ご覧ください。

理論的な部分はさておき、労働者がほぼ不要となる汎用型AIの時代においては「働いてお金を得る」というモデルは成り立ちません。汎用型AIによって生まれる利益を、政府が国民に適切に分配する必要があります。そのためのベーシックインカム制度というわけです。

 

なお、この純粋機械経済の前提となる「汎用型AI」の開発は、技術的に非常に難しいのが実情です。AIが人類の知能を超えて発達をし始めるシンギュラリティ(技術的特異点)の到来は2045年頃と言われていますが、汎用型AIの開発にはそれに近いくらいの月日が必要だろうと考えられています。あと数年で、というわけではありませんが、そうは言ってももう四半世紀くらいでしょう。

ベーシックインカムがその解決策のすべてというわけではありませんが、有力な解決策のひとつとして検討されるべきではないでしょうか。

★このセクションのポイント

汎用型AI時代には人間はAIに取って代わられる

汎用型AI時代には「労働して収入を得る」というモデルは成り立たない

汎用型AI時代に向けて、ベーシックインカム制度を議論すべし

 

まとめ

ここまでの議論を簡単にまとめると

AIは特化型AIから汎用型AIへと進化する

特化型AIは人間と共存可能。しかし汎用型AIは人間の雇用を奪う可能性が高い。

汎用型AI時代に向けてベーシックインカム制度を議論が必要

ということになります。

 

以上がこの本の概略になるわけですが、実は私が一番面白いと思ったのは「あとがき」です。これだけ解説しておいて「あとがきが一番面白いのかよ!!」って突っ込まれそうなんですが(笑)、でも本当にそうなんです。

あとがきを読んでからもう一度最初から読むと、全然別の議論が読み取れて非常に面白いのです。

それは何かというと「働くというのはそもそも何なのか?」ということです。

 

人間はお金のためだけに働くのではない

ここまでご紹介してきた通り、井上氏によると汎用型AIが誕生すればAIが人間に取って代わる可能性は非常に高いです。AI研究者の多くが似たような予測をしています。

ただ、そうなった時に人間はみな「じゃあ、働かなくて良いや」となるのでしょうか?ベーシックインカムがベストな選択かどうかは分かりませんが、いずれにせよ収入的な問題がなくなるのであれば、人は誰もが遊んで暮らせる自堕落な生活を選択するのでしょうか?

私はそんなことはないと思うのです。

 

たとえば、現在まさに新型コロナウィルスの蔓延により多くのミュージシャンや、芸能活動に関わる方々が仕事ができなくて困っています。それでもFacebookYoutubeのようなSNSを通じた活動で何とか音楽文化の停滞を防ごうとしています。

「お金を得るために働くんだ」というだけの物であれば、さっさと音楽活動なんて辞めて別の仕事に移ってしまえば良いのです。たとえば私の知り合いのアーティストも音楽活動を辞めて、翻訳家に転職しました。そういう方法だってあるはずです。

もちろん今すぐに新しい職業を始められることは難しいでしょう。しかし、少なくともコロナ騒動が落ち着いた暁には「またこんな事が起きるかもしれないから」と別の職業に転職することはできるはずです。しかし、おそらくほとんどのアーティストは変わらずに音楽活動を続けていくでしょう。

それはやはり単純にお金を稼ぐためだけに働いているわけではないからです。

 

お金に変えられない価値の再発見が必要

多かれ少なかれ音楽であれ、エンタメであれ、あるいは食の世界であれ「文化」を紡いでいこうという意思があるからではないでしょうか。まともに安定した収入を見込むのであれば、会社組織に所属した方が生き残れる可能性は高い。

そうしないのは、やはりお金以上の価値を文化に関わる仕事に見出しているからに違いありません。私たちはそのようなお金に還元できない働くということの価値をもう一度考え直すべき時に来ているのではないでしょうか。

 

「AI」について考えることは、「人間」について考えること

このあとがきの中で井上氏はフランスの思想家ジョルジュ・バタイユが提示した「有用性」という概念を紹介します。

有用性というのは「役に立つこと」。そして、資本主義にとらわれた私たちは、この有用性にとらわれすぎ、役に立つことばかりを重宝しているのではないかというのです。

バタイユは有用性に対応する概念として、至高性という考えを提示します。至高性は役に立つかどうかに関わらず価値があるもの。

私たち近代人は有用性にばかり気を取られ、役に立つかどうかだけですべてを判断している。しかし、役に立つかどうかに関わらず、それだけで価値があるものを再度評価しなおすべきではないかと。

その再評価を行う上で、「AIによって(理論的には)人間の労働は取って代わられる。じゃあ、その時我々人間は何をしたら良いのか?そもそも労働とは人間にとって何なのか?」という問いかけは非常に重要な意味を持つのではないでしょうか。

 

最後にこのあとがきの中で井上氏が書かれている労働と人間の価値に関する言葉を引用させて頂きます。

 

「機械の発達の果てに多くの人間が仕事を失います。役に立つことが人間の価値のすべてであるのならば、ほとんどの人間はいずれ存在価値を失います。したがって、役に立つと否とにかかわらず人間には価値があるとみなすような価値観の転換が必要となってきます。」

 

単純にAIの技術が仕事やビジネスに与える影響だけを考えるっていうのはもったいない。AIについて考えることが、改めて私たち人間の価値がどこにあるのか?について考えるきっかけになるのではないでしょうか。

 

という訳で今回はこちらの本のご紹介でした!

 

 

 

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