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コロナ不況脱却のために何が必要か? 井上智洋「『現金給付』の経済学」

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先日携帯電話の利用料金に関して、驚きのニュースが報道された。

総務省は毎年、東京やニューヨーク、ロンドン、パリ、デュッセルドルフなど世界の主要6都市で、携帯電話料金を調査しているのだが、東京での価格がロンドンに次ぐ二番目の低価格になったというのだ。

これに関し、武田総務大臣は「携帯事業者間の競争の結果が反映された。日本の料金水準は1年前と比べて大幅に安くなったため、諸外国と比べても遜色なく、条件によっては国際的に安い水準となった」と"評価"した。

 

私は正直このニュースを聞いた時に呆れ果てた。

日本経済は未だデフレ不況から脱却できていない。だからこそ政府もデフレ不況の脱却を目指していたはずだ。

そもそもデフレとは実質賃金が減少している中で物価が下落することで現象だ。これは国民の所得が減る…つまり、国民が貧困化することを意味している。

だからこそ日銀も政府も物価上昇率2%という数値目標を掲げている。当然携帯電話の利用料金もこの物価上昇率へ影響する。それにも関わらず、それが値下がりしたこと…すなわち物価上昇率2%という目標に反する事態が起きていることに対して、"総務大臣が評価する"とは一体どういう了見なのか?

 

このことは、政府がデフレの何が問題なのか全く理解していないということの証左だ。もちろん、国民の賃金が上昇している局面であれば、何も問題ないだろう。だが、今は明らかに国民の賃金が減少するデフレ局面なのだ。

その状況で物価が下がるということは、結局回り回って国民の所得や国内経済がどんどん小さくなっていくことを意味する。それが「長期的な視点で考えた国家経済のビジョン」なのだが、どうやら政府はそのような長期的視野は全く持っておらず、まるで一消費者のように

「物価が下がったら物が買いやすくなるんだから何が悪いの?」

という短絡的な視点しか持っていないことが、このコメントひとつ取っても明らかだ。

 

では、この携帯電話料金のような『事業者間の競争』ではなく、政府はどのような政策を行うべきなのだろうか?

それを考える上で、参考になるのが今回紹介する

井上智洋「『現金給付』の経済学」

だ。

 

著者紹介

井上智洋 (いのうえ ともひろ)。駒沢大学経済学部准教授。経済学者。IT企業勤務を歴て現職。専門はマクロ経済学貨幣経済理論、成長理論。著書に「人工知能と経済の未来」など多数。

経済学に明るくない一般の人たちにも分かりやすく国民経済の問題を解説する。経済学界隈で最近世界を巻き込んだ論争になっている現代貨幣理論 (MMT)に関して、中立的な立場から非常に分かりやすく解き明かしており、Youtubeでの活動、国会審議に参考人として出席するなど、幅広い活動を行っている。

 

バラマキこそが最適解

今回の携帯電話料金に限らず、長年日本を苦しめているデフレ不況だが、その最大の原因は「お金が不足している」ことにある。そのように言われると、経済ニュースに詳しい人であれば「日銀はここ数年異次元の金融緩和をしてジャブジャブに供給している。お金が足りないなどということはないはずだ。」と言われるかもしれない。

残念ながらこれは正しい指摘ではない。

このことを理解するためには、「貨幣とは何ぞや?」について少し専門的な知識が必要になる。詳細は本書に譲るとして、ここではざっくり簡単に説明しよう。

二種類のお金

一般にはほとんど認識されていないが、お金には実は二種類ある。「マネタリーベース」と「マネーストック」だ。

マネーストックとは、企業や個人と言った普通の民間主体が使うお金であり、「預金」と「現金」のこと。普通私達が「お金」と聞いてイメージするのが、このマネーストックのことだ。

一方マネタリーベースとは、銀行同士の取引に使う特殊なお金のことで、「預金準備」と「現金」から成り立っている。この預金準備とは民間銀行が中央銀行(日銀のこと)に預けているお金のことだ。

※マネタリーベースのほとんどが「預金準備」であり、「現金」はほぼ無視して良い割合でしかない。

日銀が供給しているのはどっち?

日銀の異次元緩和により大量に供給されているお金というのは、実はこの預金準備のことなのだ。そして、詳しい解説はここでは省くが、この預金準備というのは通常の民間企業はアクセスできない仕組みになっている。したがって、この預金準備がどれだけ異次元緩和によって膨らんだとしても、誰も入れない金庫にお金が積み上がっているだけなのであって、私達国民の下には一切流れ込んで来ない。

「日銀の異次元金融緩和」などと騒いでも、私達の給料が全く増えないのはこのせいだ。マネタリーベースがどれだけ増えても、私達国民には基本的に何も関係ないのである。

政府がお金を使わないとお金は増えない?

しかし、このマネタリーベースを国民の生活に流れ込ませる方法がある。

実はそれは「政府がお金を使うこと」なのだ。

マネタリーベースは中央銀行と民間銀行の間で使われる特殊なお金だと書いたが、実は日本政府もこの口座にアクセスができる。逆に日本政府は民間銀行に口座を持てない仕組みになっているため、日銀の当座預金にしかお金を持てないのだ。

したがって、実はジャブジャブに貯められているマネタリーベースのお金を国民の下に送り込むためには、政府が何かしら公共事業を行い、マネタリーベースのお金を使ってその支払いを行うしかない。

政府がお金を使い、その支払が「日銀 → 民間銀行」と行われることで、初めて”ジャブジャブ”に溜まったマネタリーベースが国民に流れる仕組みになっているのだ。

バラマキこそが最適解

私達は普段政府がお金を使うことを嫌う傾向があるが、これは上記のようなお金の仕組みを理解していないから。これを理解すれば小学生でも分かる話なのだが、デフレ不況というお金が不足している状況において、大量に日銀が刷ったお金を国民に流し込むためには、政府がどんどん事業を行いお金を使うしかない。

本書の帯に書いてある通り「『バラマキ』こそが最適解!」。これが真実だ。

このマネタリーベース、マネーストックという貨幣のシステムに関しては、少し込み入った説明が必要になるためここでは割愛する。興味がある人は・・・・というか、一人でも多くの人に本書を読んで、この事実を知ってほしい。

一般的な貨幣観ではとても受け入れられないが、井上氏による丁寧な解説をニュートラルな気持ちで読んで頂ければ、必ず理解できるはずだ。

ベーシックインカムの実現

この前提に立てば、デフレを脱却するために必要なことは「政府が日銀に持つお金を国民に流すことだ」ということが理解できる。そのための具体的な政策はいくつもあるだろう。

いわゆる昔ながらの公共事業もその一つだし、教育や科学技術に関する投資、あるいは公務員の数を増やして”公務員給与”という政府の支出を増やすことも方策の一つだ。

その中で著者がもっとも強く提唱するのが、ベーシックインカム・・・つまり国民のすべてに生活に必要な一定程度のお金を供給する方法だ。ベーシックインカムには賛否両論あり、賛成派の中でも様々な議論や方法論がある。

ベーシックインカム」と十把一絡げで是非を論じることは難しい。

特に議論の的となるのは財源の問題だ。

これを税金とするのか、政府の国債とするのかでも賛否が変わってくるが、著者は少なくともデフレから完全に脱却するまでは国債で賄うのが望ましいという立場だ。

その理由としては、国民の賃金が増えないデフレ期、特に現在のコロナ禍のような異常事態においては、税収を増やすことはほぼ不可能であることが挙げられる。現下の状況では一刻も早い現金支給が求められているため、税金の制度を改めて議論するような時間的猶予はない。

もちろん、国債を財源にすることに関しても議論はあるだろう。しかし、日銀の異次元緩和により数百兆円が供給されて、巨額のマネタリーベースが積み上がっているのも事実。スピードを重視するのであれば、それを活用することを前提にいち早く動くことが重要だ。何しろこのコロナ禍で明日の生活も危うい人たちが確実に増えているのが現実であり、躊躇しているような時間はない。

恒久的な現金給付制度の即座実現とはいかなくとも、昨年行われた国民一人当たり10万円の現金給付のような手法もある。これもまたベーシックインカムの一形態であり、同様の手法であれば素早い実現も可能だろう。

 

著者が述べるような恒久的現金給付としてのベーシックインカムが最良の手であるかどうかはじっくり議論する必要はある。しかし、少なくともデフレ不況から脱しきれない状況で、総務大臣が「値下げ」を喜んでいるような異常自体は即座に解消すべきだ。

そのような議論を盛り上げ、私達国民の生活に本当に必要な政策がどのような物かを考える上で、本書は非常に重要な示唆を示してくれると思う。

 

という訳で、今回ご紹介したのはこちらの本

井上智洋「『現金給付』の経済学」

でした。

今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m

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